「先生」と呼ばれること

生徒は自分のことを「先生」と呼ぶ。

保護者の方もそう。

その度に、なんとも言えない「違和感」を感じている。

「自分は本当に『先生』なのだろうか…」



自分は教員免許を持っていない。

大学は法学部だったので、

教員免許を取るには教育学部の単位も取らなければならず、

通常の「倍」の単位を取らなければならない、

と言われて、取る気が失せた。



自分はただ子どもたちに「勉強のやり方」を

教えているだけ。

教員免許も持っていない自分が果たして

「先生」と呼ばれていいのだろうか…。

呼ばれるたびにそうした感情になる。



そもそも「先生」と呼ばれることが

あまり好きじゃない。

テレビの影響だろうか、

「『先生』と呼ばれる人はろくなもんじゃない」

そういう刷り込みがある。



では、どのように呼んでもらおうか。

ちょっと考えたことがある。



最初に浮かんだのは「塾長」。

でもな~、「塾長」といえば

我々世代では「江田島平八」になる。

「わしが猿田塾塾長、猿田典明である」

ネタにもならない。



「室長」というのもあるが、

イマイチピンとこない。



本音を言えば、生徒には「さるちゃん」

と呼ばせたい。

親しみを持たれているようで、いいではないか。

でもな~、指導者には「威厳」が必要なのに、

「さるちゃん」じゃあ舐められるよな…。



なかなか、「これ」というものがないので、

とりあえず流れに任せて「先生」と呼んでもらっている。

自分で「先生はね…」と言うのは、

顔から火が出るほど恥ずかしいので、

「おっさん」「おじさん」と言ってごまかしている。



「先生」と呼ばれるたびに、心の中で

「教員免許持ってないけど、スイマセン」と

謝っている。

教員免許がない自分が「先生」と呼ばれることは、

一種のコンプレックスだと思う。



だけど、最近、「それでいいのかな」

と思うようになってきた。



「先生、先生」と言われ続けると、

勘違いをし、調子に乗り、慢心を持ってしまう。



「『先生』と呼ばれていいのだろうか…」

と常に違和感を持ちながら、

「少しでも『先生』と呼ばれるにふさわしい

人間になるように努力しよう」

そう心がけている方が、謙虚でいられる。



そのように思っている。