「自分の意見を述べる」には

来年度から始まる学習指導要領の中では、

「自分の考えをまとめて、意見を述べる」

ということが重視されています。



これまでの教育は「知識偏重」であり、

与えられた問いに対する「答え」を

どれだけ知っているかが重視されてきました。

そのため、

「自分の頭で考え、表現する」ことが

できない学生が育成されてきました。



ですが、現在のような「先の見えない」時代や

国際化が進み、「自己主張ができなければ、

自分の権利すら守られない」時代には

これまでの教育方針では太刀打ちできない、

として大きな方針転換がなされたのが、

今回の学習指導要領改訂の趣旨です。



確かにこれからの社会において、

「自分の意見を述べる」ことは

重要だと思います。



これまでは、

与えられた環境の中で

与えられた仕事を淡々とこなしていけば

ある程度生活が保障されました。



ですが、今は変化の激しい時代です。

昨日までは「常識」と言われていたことが

明日には「非常識」となるような時代です。



このような激動の時代には

「いかに自分で考え、行動できるか」

が重要になるように思います。

その意味では、学習指導要領が目指すものは、

時代の流れに沿っていると思います。



ですが、一方で実際に行われようとしている

教育改革については「?」と思うことが

たくさんあります。



理念は素晴らしいのですが、

「現場」を見ずにただ「理念」を実現するために

やることを増やしている。

そんな印象を受けます。



新学習指導要領では、子供たちが

「自分の意見を自由に述べる」

機会を増やしています。



一見するといいことのように思います。

ただ、現場を見ている自分からすると、

「『自分の意見を言いなさい』と言われて、

言うことのできる子供が実際に

どれだけいるのだろうか」

と思ってしまいます。



今の試験は「記述問題」の割合が

昔と比べるとかなり多くなっています。

入試問題はもちろんのこと、

定期試験、学校で配られる問題集なども

そうした傾向が強いです。



そのため、記述問題を指導する機会が

多いのですが、

まず「書けない」生徒の方が

圧倒的に多いです。



生徒いわく

「何を書いたらいいのかわからない」

と。



この場合の「わからない」には

2つの意味があると思います。



1つは「自分の考えがまとまっていないので、

どのように書いていいのかわからない」

という意味。

この場合には、ある程度練習していけば

自分の意見をまとめられるようになってくる

と思います。



もう1つの「わからない」。それは

「言葉の意味がわからないし、

書くことが全く浮かばないので、

どうしていいかわからない」

という意味。



この場合には、どれだけ「自分の考えを…」

と言っても、対応できないと思います。



人が「自分の意見」を言う時には、

だいたい「他の人の意見」を参考にしています。

なので、自分の意見を述べるには、

それなりの「知識」が必要だと思います。



今やろうとしている教育改革は

「知識偏重」を嫌うあまり、

「基礎知識を身につけさせる」

という根本的な教育の時間を減らしている。

そんな気がしてなりません。



自分の意見を述べるには、

まず「他人の意見」を学ぶ。

そのためには

どうしても「語彙力」「読解力」が

必要になる。

とすれば、まずは「国語」の勉強をするのが

最優先課題だと思います。



私が

「幼児英語教育」

「プログラミング」

「アクティブラーニング」

などの、目新しい教育にまったく興味が起きないのは

このためです。



まずは国語の「知識」を徹底して教え込む。

この方針は新しい学習指導要領が

始まっても変わりません。